「1日に必要な○○」は真剣に受け止める必要があるのか?

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健康番組やテレビショッピングで「1日に必要な○○は△△gです」というフレーズをよく見かけますよね?

○○には栄養、カロリー、糖分、カルシウム…などあらゆるものについてこのようなデータを見かけます。

私はそういう情報を見ると「そんなに必要なんだ…全然足りてないわ」と鵜呑みにして心配するタイプです。ただ、そのときは必死に見ていますが、メモを取ることもしませんので、ずぼらな視聴者でもあります。

1日1回は「1日に必要な○○」を目にして「足りてないわ…」と不安を抱えるわけですが、メモを取らず聞いたことを忘れているだけで、今までの人生で同じ事実を何十回も見ていると思います。その都度、不安に思えるのってすごいな…私は。

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1日に必要な栄養素って?

本日、twitterのTLに

というつぶやきが流れてきたのですが、この方のつぶやきを見て今までの私の考え方が大きくゆるぎました。「確かに…」と頷いてしまいました。

「みなさん、これだけ必要なんですよ~」とテレビや雑誌で一方的に言われ続けていますが、何を基準にした値なのかは気にしていませんでした。

なんとなく「必要量を摂取していないと、いつかは健康に支障をきたしますよ」と受け取っていますが、本当にそのような解釈をしなければいけないのでしょうか。

検索エンジンで「1日に必要な」まで入力すると、検索候補に

  • 1日に必要な栄養素
  • 1日に必要な野菜
  • 1日に必要な鉄分
  • 1日に必要なビタミンC
  • 1日に必要な糖質
  • 1日に必要なたんぱく質
  • 1日に必要なカルシウム
  • 1日に必要な塩分

と、続々と出てきます。皆さんよく調べているんでしょうね。

これらは80歳まで元気に生きるために必要なデータなのでしょうか?

それとも今日一日を元気に生きるために必要なデータなのでしょうか?

皆さんはどう受け取ってこのようなデータを見ますか?

これによって、どれだけ真剣に受け止めるべきか変わってきます。

健康な人へ見せつける事実ではない?

これまでの人生で病院に行ったときに、食生活において医師から指導されたことはありません。「お酒を控えなさい」「たばこは控えなさい」はありますが。「こういうものをちゃんと食べてますか?」とは一度も聞かれたことがありません。

つまり、(現時点で)健康な人にわざわざ言うべきデータではないのだと思います。

これまでの人生で、健康に過ごせてきているならその食生活を続けるべきというのが正しい解釈ではないでしょうか。違いますかね。

医学的な見解として、これぐらい栄養素は摂取するべきだという目標はあると思いますが、それを日常生活に取り込めということではないと思います。

とすれば、これらのデータを使う目的があるとすれば

  1. 医者が診断するときの補足
  2. 商品を売るための戦略

になるのではないかと。

1.については、例えば体調を崩すような極端なダイエットをした人に対して、医学的な見解からこのような栄養素を摂取しなさい、偏った食事は止めなさい、と診断するときに必要です。そういった体調を崩す方は、普通の食生活をしていないでしょうから、指導として使うときには大事なデータだと思います。

2.はまさに商売のための飛び道具。消費者に問題提起をして購買意欲を沸かせるための手段として使われていると思います。

そして、私たちが普段目にするのは2.の営業戦略として使われているデータではないでしょうか。本来、気にしなくていいことを「医学的にはこうです」というもっともなデータを持ち出されることで、消費者に不安を掻き立て商品の効果がより浮き立つように仕組まれているのではないかと。

もちろん、商売をする上での戦略なので、私がどうこう言うつもりはありません。

ただ、私たち消費者は、このような「1日に必要な○○」を過剰に意識しなくてよいのではないかと思います。

最後に

もし「1日に必要な○○」が健康に影響を及ぼすほどの大事なことであれば、小学校や中学校の教科書で真剣に学ぶでしょう。でも、こんなことは習いませんよね?

つまり傾向としてはそのような事実はあるが、日常生活で意識するほどのものではないと。

あくまで医学的な見解の場合であり「健康な人が頻繁に気にすることではない」のだと、本日TLに流れてきたつぶやきを見て思いました。

皆さんならどうお考えになりますか?

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